祝アンネ・ホルト復活出版!『凍える街』

北欧ミステリーが世界的にブームになり、日本でも翻訳点数が確実に増えています。
今回ご紹介する作家アンネ・ホルト(Anne Holt)は、こうしたブームよりもっと早く日本で翻訳された稀有な作家です。
1997年に『女神の沈黙』や『土曜日の殺人者』1999年『悪魔の死』は(柳沢由美子訳、集英社文庫)が翻訳され、すぐに買って読んだことを覚えています。

・・・時は流れ、昨年末に凍える街(枇谷玲子訳、創元推理文庫)が翻訳出版されました~。お帰りなさい、というのが率直な感想です。
この『凍える街』は、90年代に翻訳された「ハンネ捜査官シリーズ」の7作目。否応なしでも以前の作品と本書を比較してしまうのですが・・・。

ヒロインのハンネが変わった?

それは当然でしょう。時は流れます。90年代の作品ではピンクのハーレー・ダヴィットソンを乗り回し、どこまでも颯爽として美しいハンネ。
そして『凍える街』のハンネは40代。顔に贅肉がつき、ハーレーを乗り回すシーンは出てきません。
でも『凍える街』のハンネの方がより人間的な深みを感じ取れます。苦悩であったり、疲労感であったり、葛藤であったり。
読者にとって、前作よりも感情移入しやすいキャラクターになっているのではないでしょうか?
前作のハンネはあまりにも「作者がこうなりたいという願望がてんこ盛り」な自己愛チックなキャラクターでした。

こうしたハンネの変化とともに感じたのは、作品における社会批判のトーンも変化していることです。
90年代に出版された作品では、法律家・大臣経験者でもあるアンネ・ホルトの社会批判が「直球」で盛り込まれていました。
麻薬犯罪、移民への差別、軽すぎる強姦罪などなど。「福祉国家の闇を告発する」という義憤にも似た感がありました。

『凍える街』では、もちろん社会批判と取れる描写は散見されますが、より間接的な「変化球」になっている印象です。
前作でもキャラ立ちしていた警官ビリーT(彼も老けた!)が、すっかり身を持ち崩した幼馴染と対面した時に、こんなモノローグを漏らします。
「お前はおれと同じ道を進むことだってできたのに。給料日から次の給料日まで身を削って働いて、仕事と子どもと母親と、絶望的な動労や、崩壊に向かうシステムの間を、ピンポールみたいに弾かれて。そのシステムが崩壊しかかっているのはお前みたいなやつのせいなんだよ。何もかもから逃れ、教育に娯楽、温かい飯に医療まで提供される刑務所に入り、税金を食いつぶすお前みたいな人間のな。」(188頁)

ノルウェーの行き届いた福祉国家に対する「善良な納税者の本音」といったところでしょうか。

さらにアンネ・ホルトの作品を語る上で避けられないのは「同性愛」の問題です。
作者自身が同性愛者であることは、ずいぶんと前から「周知の事実」で、ハンネもまた同性愛者です。
ノルウェーはデンマークに次いで世界で2番目に同性愛婚(パートナーシップ婚)を導入し、現在では正式に「結婚」が法的に認められた同性愛に「寛容な」国家です。
ただ・・・では同性愛者に対する差別が全くないか、というと残念ながら答えはNeiでしょう。
作中でも、ハンネと家族の同性愛であることの葛藤するシーンが出てきますが、アンネ・ホルトならではの繊細かつ深淵な描写です。
アンネ・ホルトの現在の心境は分かりませんが、もう何年も前、同性愛の社会問題が脚光を浴びるたびに自分が「同性愛者の代弁者にされてしまう」ことへのいら立ちを表わにしたことが報道された記憶があります。

悲しみとたくさんの業を抱えて「カンバックした」ハンネ。
オスロのフログネル地区=高級住宅地で起きた四重殺人を解決すべく、彼女の非凡な捜査能力と個性が満喫できる記念すべき「復帰作」です!

凍える街