『模倣犯』&『赤ん坊は川を流れる』~様々な北欧ミステリ小説~

ミステリ小説の醍醐味は、時間を忘れてひたすらページをめくることではないでしょうか?

『犯罪心理捜査官セバスチャン』の続編模倣犯』(M.ヨート&H.ローセンフェルト著、ヘレンハルメ美穂訳、東京創元社)を読書中、その醍醐味を味わうことができました。
本作のユニークさはきっとミステリファンだったら、本格的に分析できると思うのですが、所詮、私はトーシロー。感想文を書きたいと思います。

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『模倣犯』の作者ペアはスウェーデンの脚本家。ここに魅力のヒントが隠されている気がします。
キャラクターづくりが上手なんですよね~。みんな、キャラが立ってます
主人公セバスチャンのダメっぷりは前作を上回ってます。ただ「ダメっぷり」といっても、過去の栄光や災害で亡くした家族への喪失感、また実の娘に対する抑えがたい愛情などあますことなく描かれています。人間味ありすぎで、「優秀なプロファイラー」部分がかすんでしまうほど・・・。
セバスチャンと絡んでくる警察チーム側は、男性より女性陣の方が存在感があります。
セバスチャンと過去に関係があった女性刑事の愛増まじりの感情や、優秀な若き女性刑事のセバスチャンへの嫌悪感など、セリフやナレーション部分でテンポよく描かれています。
特筆すべきは刑務所所長。
主人公セバスチャンは「ダメ」でも「優秀」ですが、刑務所所長は「ダメ」で「ダメダメ」。
愚鈍、自己保身、屈折、やることなすこと全て裏目、という「どう頑張っても愛せない」キャラクター。この人物もなかなかフシギ。クセになるかもしれません。

・・・というように、キャラクター設定がしっかりいている本作。
人気の北欧ミステリですが、「キャラクターの名前が日本人にはなじみがなく、読んでいても頭に入ってこない」という弱みがあるかと思います。
ですが、「セバスチャンシリーズ」は犯人も含め、キャラクター設定がはっきりしているので、個々の登場人物、相関関係をしっかり覚えることができるという「効能」があるのではないでしょうか?

さらに脚本家ならではの魅力に、セリフとナレーションの妙があるかと思います。
『模倣犯』では、収監されている連続殺人犯が刑務所内から、いろいろな人間を操ります。
彼はどういう言葉を発すれば相手がどう反応するかを計算しているので、彼のセリフは短くても凄みがあり、緊張感があります。

面白い書き方!と感じたのは、ダメ刑務所所長のモノローグ部分です。
彼は物語の後半、愚かさゆえに致命的なミスを犯すのですが、その時に、どうやって事態を収拾するかを彼独特のシミュレーションを行います。
ちょっと引用しますと・・・

「それでイェニーは助かるのだろうか?イェニーはいない」(ジャンプ)
「危険だと知らせるとしたら、理由はなんと説明すればいい?(略)出世が頭打ちになるどころではない。罰せられるに違いない。」 (ジャンプ)

この「ジャンプ」は次の考えに移る合間に挟まれるのですが、ユニークなモノローグと感じました。
ジャンルは違いますが、筒井康隆の作品「七瀬シリーズ」(主人公、七瀬は人の心理が読めてしまう)でも、登場人物の心理描写が非常に実験的だったことを想起しました。
愚かさ、醜さ、欲望、そうした負の感情を描く際に、作家の力量があらわれるなぁ~と感じます。

陰惨な猟奇殺人を描いているのに『模倣犯』がヘビー過ぎないのはなぜ?自然なセリフ運びや自在に動くキャラクター、読後感は悪くないです。気持ちはただ一つ・・・
「次回作が読みたい!」に尽きるでしょうか??

ヘレンへルメ美穂さん、お願いしますね~。美穂さんとスカイプ対談した時の様子はこちらから。
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デンマークのミステリは未読です。なので赤ん坊は川を流れる』(エルスベツ・イーホルム著、木村由利子訳、東京創元社)は、記念すべきデンマークミステリデビュー作!
帯に「ライトミステリ」と書いてあったのですが、え?ライトミステリって何?と分からなかったので、先に訳者あとがきから読んでしまいました・・・。

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この訳者あとがきでは、デンマーク以外の北欧ミステリー史の解説が丁寧につづられ、とても興味深かったです。
本作は、「フェムクリム」(femikrim)と呼ばれるジャンルだそうです。基本的に女性作家が書く、女性が主人公のミステリ。
フェムクリムの歴史的発展、「アクションや謎解きより、主人公の日常と心理の描写のほうに頁が多く割かれている」とのことです。

『赤ん坊は川を流れる』ですが、主人公は40歳のシングルマザー。2人の親友も当然、女性たち。3人の女友達は、デンマーク人・スウェーデン人・アジアからの養子のデンマーク人という組み合わせ。この設定は、「デンマークだったら普通にあるだろうな~」と感じます。
彼女たちは、トラウマ的な過去を持っていたり、結婚生活に悩んだり、仕事で男性上司ともめたり、そして恋をしたり、とそうした描写が、事件解決と並行して描かれています。

事件は冒頭に起こります。
3人が集っているカフェの近くの川に、プラスチック桶に載った赤ちゃんの死体が流れてきます。
主人公は新聞記者で、彼女自身がその場に居合わせたことから、否応なく事件に巻き込まれていくのですが・・・。

北欧ミステリによくある残虐性、社会のダーク面を強調する作品ではありません。
ただ、舞台はデンマーク。どうしても事件を通じて、「社会性」は透けて見えてきます。
赤ちゃんの死体にくるまれたタオルには、コーランが縫い付けられています。そこですぐにムスリムが犯人?と人々は結びつけるのですが、主人公の娘のセリフから引用してみましょう。

トルコ人の女の子がやったんじゃないかって、みんな言ってる。コーランのことがあるから。それと、デンマーク人の女の子だったら、あんなことはしない。」

この一見、「無邪気」なセリフ。別にデンマークでもなく、他の多くのヨーロッパで同じようなセリフや考え方が、いくらでもあり得るのです。

事件に巻き込まれた女友達3人組。
中年女性たちの友情、思いやり、そして恋模様も描かれていて、通常のミステリ小説では味わえない何かが本作にはあるでしょう。

・・・と全くテイストが違う『模倣犯』と『赤ん坊は川を流れる』。
ぜひ北欧各国のミステリを読んで、「北欧ミステリコンプリート」を完成させるのはいかがでしょう?