誰が「ノルウェー人」?

ここ何年か、ノルウェーの新聞や本、テレビでこの表現をよく見かけるようになりました。

etnisk nordmann

日本語にすると「エスニック・ノルウェー人」です。この時点で意味が分かる人はいますか?
etniskは、英語のetnicに相当します。ちなみにノルウェー語辞書で意味を引くと「特別の民族、人種」という意味ですね~。
で、この「エスニック・ノルウェー人」は、移民系ではない「純粋なノルウェー人」(!!)という意味で、使われています。

この語が出てくる度に、「それにしても訳しにくいフレーズだな~」と思ってしまいます。
というのも、日本では「エスニック」は「エスニック料理」を連想することが多く、また「エスニック料理」自体が限られた地域の料理を差すような傾向がありますね。
世界規模からすれば、日本食も「エスニック料理」にどんぴしゃ当てはまるかと思いますが。
このような日本における「エスニック」の使われ方がヘンだよ、というのは文筆家の山口文憲さんがずいぶん前に指摘されていました。

・・・ということで、何かモヤモヤする「エスニック」という単語。
ではなぜ単に「nordmann」(ノルウェー人)ではなく、「etnisk nordmann」という単語がノルウェーで使われる頻度が増えたかと言うと、移民の数が増加していることと関係があります。つまり「移民」または「移民2世、3世」のノルウェー人が多くなっているので、そうではないノルウェー人と区別する必要が出てきたのですね。

etniskも悩ましいのに「nordmann」の定義も大ざっぱです。
ノルウェー語の単語の起源について解説した『ORD ORD ORD』(Helene Uri&Ingebjørg Tonne著)という本から引用してみましょう。
「Nordmannという単語を辞書で引くと、”ノルウェー出身の人々”としか書かれていない。今、私たちがこの言葉を使う時の曖昧さを反映している」。
意味をぼやかすことで、使い方も広義に亘りますよね~。

おそらく昔は、せいぜいデンマーク、スウェーデン、アイスランド、フィンランドなど北欧圏、ドイツやオランダなどのノルウェーに近い祖先をもつノルウェー人くらいしかいなかったのかもしれません。
ですが、1960~70年代くらいから「非西欧諸国」の移民や難民が増加し、多種多様な「移民社会」に慣れていなかったノルウェー人は混乱してしまったのかもしれません。
確かにノルウェーの市民権は持っていて、ノルウェー語も話せるけれど、みんなひっくるめて「ノルウェー人」としちゃってOK?とは言いにくいという逡巡が「etnisk nordmann」なる単語ができたことにつながったのでは?と推測します(あくまでも推測です!)。

日本語の訳しにくさに話を戻すと、このetnisk~人は、「生粋の~人」とか「白人の~人」と訳されている例を見ました。
「白人」は意味が広すぎますね~。訳者の苦労がしのばれますが・・・
「生粋のノルウェー人」・・・江戸っ子か!とツッコミを入れたくなります・・・。

何度かノルウェー語レッスンで、生徒さんたちに「どう訳すのがいいと思います?」と聞いたことがありました。
「本物のノルウェー人」、「ネイティブノルウェー人」などが挙がりました。「ネイティブノルウェー人」・・・なんか、かっこいい!
「”エスニック・ノルウェー人”は分かりにくい」という意見が多かったですね。本当はこれが一番、原語に近いのに。

ということで、「etnisk nordmann」のしっくりくる訳語と、そもそも「純粋のノルウェー人」って誰なの?と根源的な疑問をいただきつつ、この稿を終わりにします。

20150818