本・映画・音楽紹介
     Vol.6(ブログ転載)

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●目次●

ノルウェー映画『1001グラム ハカリしれない愛のこと』(2015/10/13)
ご当地絵本♪(2015/10/13)
ノルウェー映画『バレエボーイズ』!(2015/10/13)
『模倣犯』&『赤ん坊は川を流れる』~様々な北欧ミステリ小説~(2015/4/27)
世田谷の美人さん、『北欧 食べる、つくる、かわいいと暮らす』♪(2015/4/27)
祝アンネ・ホルト復活出版!『凍える街』(2015/4/27)
『おやすみなさいを言いたくて』もうすぐ公開!(2015/4/27)
『北欧レトロをめぐる21のストーリー』♪(2015/4/27)

デキる美人は嫉妬される?~ノルウェーの小説から検証~(2015/4/27)
ビジュアル辞書(2014/9/29)
掲載誌のお知らせ~文芸誌「群像」10月号~(2014/9/29)
トーキョーノーザンライツフェスティバルの奇跡と軌跡(2014/9/29)
ヘレンハルメ美穂さんとの爆笑対談~後篇~(2014/6/18)
ヘレンハルメ美穂さんとの爆笑対談~前篇~(2014/6/18)
ブラックメタルには足を向けて眠れません(2014/5/19)
ディズニーと北欧のコラボ~「アナと雪の女王」~(2014/5/19)
ヘタリアには足を向けて眠れません(2014/5/19)
a-haに足を向けて眠れない!(2014/5/19)

本の話題
『北欧レトロをめぐる21のストーリー』♪


本森百合子さんの新刊『北欧レトロをめぐる21のストーリー』は手に取ってページをめくると、きれいな写真の数々に圧倒されます♪
21のストーリーはどれも印象深いのですが、なぜスウェーデンにレトロなものが豊富に残っているか・・・それは文中から引用してみましょう。

「スウェーデンには状態の良いビンテージが今もたくさん残っているよ。ひとつの理由は戦争で爆撃を受けなかったこと。例えばドイツなんかと比べるとスウェーデンは30年代や40年代のコンディションの良いスーツが多くて値段もリーズナブルだね」(48ページより)

スウェーデンが第一次・第二次世界大戦で被害を受けなかった恩恵は、たくさんあると思うのですが、ああ、こうしたビンテージにも影響があるのね、と納得!した次第です。
他に感慨深かったのは、よくノルウェー人に北欧各国の違いを聞くと、「スウェーデンは貴族/上流階級があった国で歴史が違う」という回答が多いのです。ノルウェーは「みんなが農民だった!」に誇りを覚えている国民性なのと対照的ですね。


階級の違いはもちろん弊害はあったでしょうが、文化的な遺産で言えば、豊かなものが育つ土壌につながったのだと想像します。そう、「おしゃれDNA」が脈々とスウェーデン人に流れていて、だから今でもレトロファッションやビンテージを生活に取り入れている人が多いのでは?とこれも想像です。

森さんの『3日でまわるコペンハーゲン』でも感心したのですが、本書でも「構成の妙」が際立っています。
21のストーリーは、ヴィンテージやレトロ、という共通項はあるけれども、扱っているのは多岐な分野にわたり、読む人がそれぞれにお気に入りのページが見つけられると思います。
私が気に入った写真は、「ホーン通りの理髪店」。創業100年の老舗理髪店で、往年の女優ヘアスタイルにも挑戦できるお店。内装もステキ。


さらにとても貴重、と感じたのは森さん自身が愛好者であるスウィングダンスのダンスパーティ。
そこにはレトロファッションでキメた男女がたくさん集まっていますが、主催者のコメントによると、「(イベントは)好評で年々拡大している」とのこと。
まさに大人の粋、そして遊び心が随所に垣間見られるパーティですが、これらの写真も貴重ですね~。


北欧ヴィンテージマニアのバイブルとも言える雑誌『RETRO』の編集部訪問のストーリーも楽しめました。何でも同誌は北欧だけではなく、アメリカや日本にも読者がいて、年齢も幅広いとのこと。
若い人は「レトロデザインの良さに気付き」、親世代は「懐かしいと思っている」。なるほど~、それはいい流れですね。
その他、「読者との距離の近さ」を特徴に挙げられていて、「彼らから教わることも多い」。確かにコレクターの人は、それこそたくさんいらっしゃるでしょうから、ついつい「私のコレクションも見て!」という気分にさせてくれる雑誌なのかもしれませんね。


上映が待ち遠しいスウェーデン映画『ストックホルムでワルツ』を観たいと思っている方も、まずはこの本を読んで「下地」を作ってから映画館へ行くと、きっと何倍も楽しめるのでは?と思った次第です。

『北欧レトロをめぐる21のストーリー』の編集は、ジュウ・ドゥ・ポゥムさんですが、森さんが前から仕事をしたかったと言っていたのがわかる美しく丁寧なつくり。「眼福」状態間違いなし!

森百合子さんの大好きな世界が詰まっているこの一冊は、「かわいい北欧」からもう一歩、さらに進んで知りたい方にピッタリの本でしょう~。


2014年11月4日
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映画の話題
『おやすみなさいを言いたくて』もうすぐ公開!


ノルウェー人監督エーリック・ポッペが監督した『おやすみなさいを言いたくて』 (原題:”Tusen ganger god natt”)は、ノルウェーのメディアで大絶賛。
加えて、モントリオール世界映画祭審査員特別賞など数々を受賞。記事を読みながら、「う~ん、これ観たい!」と思ってたら・・・

観れちゃったんです! ノルウェー大使館にて開催されたスノーフリッド参事官のトークショー付きの試写会に馳せ参じました~。

冒頭から一気にその世界に引き込まれる緊迫したシーンが続きます。中東、何か儀式のようなものを受けた若い女性は、体中に爆弾を装着されます。
そのシーンをずっとカメラで映し続ける主人公レベッカ(フランス女優のジュリエット・ピノシュ)。

自爆テロの直前までレベッカはシャッターを押し続けますが、彼女自身、爆風に飛ばされ重傷を負います。

ずっと「家庭か?仕事か?」という葛藤や問題は存在してきました。そして今でもそれで悩んでいる人はたくさんいるでしょう。
主人公レベッカも、その一人。彼女には海洋学者の夫マーカスと娘が2人います。
ただレベッカの仕事は、「戦場カメラマン」。フツーの仕事と比べて、あまりにもリスクが高すぎます。

理解ある夫マーカスでしたが、ついにレベッカに「いつも待っている身にもなってくれ!」と悲鳴にも近い叫びをあげます。
レベッカは「妻」としての負い目を感じてしまう。
娘たち、とくに長女ステフは母親に対し、反発するような、でも同時に愛を求めるような表情を浮かべています。
レベッカは、「母親」としての負い目を感じてしまう。

レベッカは、家族が崩壊することを恐れ、ついに「紛争地にはいかない」と決断しますが・・・。

映画の中で、家族たちは何度もレベッカに「なぜ、あんな見捨てられた土地へ行くの?」「写真をどうして撮らないといけないの?」と問いかけます。
レベッカは、娘ステフとの会話で、 「怒り」と「本能」というキーワードで答えます。
見捨てられた人々を撮ることで、世界へ発信し、事実を多くの人に知ってほしいという使命。
そして本能のまま、恐怖すら感じずに死体にもシャッターを押し続けるレベッカ。

あらすじを書きすぎると、これからご覧になる方の楽しみが減ってしまうので、印象的なポイントを挙げていきましょう。

①ジュリエット・ピノシュの演技
正直、苦手な女優でしたが、本作ではほぼノーメークで、危険な戦場カメラマンの役と妻・母親の役を、何の違和感もなく演じています。
年齢を重ねたシワに美しさ、崇高さまで感じました!

②美しく抑制された音楽と映像
紛争地のシーンは終始、抑え気味の音楽と映像で表現され、人の命のはかなさ、暴力が「宿命」のように映し出されます。

またレベッカたちの住むアイルランドの風景。荒涼とした海、強い風、自然の中で家族のドラマが展開していきます。紛争地とは違う家族内の「紛争」が、美しい映像で描き出されます。

③悪い人は出てこない
「家族か、仕事か」を責める夫も娘も、みなレベッカを愛しているし、レベッカもまた家族を愛しています。
夫マーカスは、世間一般の水準からすれば「十分すぎるほど理解ある夫」であり「父親」です。娘たちもまた母レベッカの生き方や仕事を理解しようともがいています。

対するレベッカは、「普通の生活の方が難しい」と言ってしまう人間ですが、大いなる使命と家族への愛で葛藤します。
そう、みんな愛すべき人々。程度はあるでしょうか、それぞれの登場人物へ感情移入できるでしょうね。

・・・そしてラストシーン。いろいろな解釈が可能でしょう。
いや~、私自身まだ「ええ??」と悩んでいます。
c)paradox/newgrange pictures/zentropa international sweden 2013

長々と書き連ねましたが、心からオススメできる映画です。
映画の詳細情報は公式サイトから→  http://oyasumi-movie.jp/

12/13から公開ですので、映画館へGo!

写真:(c)paradox/newgrange pictures/zentropa international sweden 2013


2014年12月8日
norway yumenet official blog 141208より転載しました-

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本の話題
祝アンネ・ホルト復活出版!『凍える街』


北欧ミステリーが世界的にブームになり、日本でも翻訳点数が確実に増えています。
今回ご紹介する作家アンネ・ホルト(Anne Holt)は、こうしたブームよりもっと早く日本で翻訳された稀有な作家です。
1997年に『女神の沈黙』や『土曜日の殺人者』1999年『悪魔の死』は(柳沢由美子訳、集英社文庫)が翻訳され、すぐに買って読んだことを覚えています。

・・・時は流れ、昨年末に『凍える街』 (枇谷玲子訳、創元推理文庫)が翻訳出版されました~。お帰りなさい、というのが率直な感想です。
この『凍える街』は、90年代に翻訳された「ハンネ捜査官シリーズ」の7作目。否応なしでも以前の作品と本書を比較してしまうのですが・・・。

ヒロインのハンネが変わった?

それは当然でしょう。時は流れます。90年代の作品ではピンクのハーレー・ダヴィットソンを乗り回し、どこまでも颯爽として美しいハンネ。
そして『凍える街』のハンネは40代。顔に贅肉がつき、ハーレーを乗り回すシーンは出てきません。
でも『凍える街』のハンネの方がより人間的な深みを感じ取れます。苦悩であったり、疲労感であったり、葛藤であったり。
読者にとって、前作よりも感情移入しやすいキャラクターになっているのではないでしょうか?
前作のハンネはあまりにも「作者がこうなりたいという願望がてんこ盛り」な自己愛チックなキャラクターでした。

こうしたハンネの変化とともに感じたのは、作品における社会批判のトーンも変化していることです。
90年代に出版された作品では、法律家・大臣経験者でもあるアンネ・ホルトの社会批判が「直球」で盛り込まれていました。
麻薬犯罪、移民への差別、軽すぎる強姦罪などなど。「福祉国家の闇を告発する」という義憤にも似た感がありました。

『凍える街』では、もちろん社会批判と取れる描写は散見されますが、より間接的な「変化球」になっている印象です。
前作でもキャラ立ちしていた警官ビリーT(彼も老けた!)が、すっかり身を持ち崩した幼馴染と対面した時に、こんなモノローグを漏らします。
「お前はおれと同じ道を進むことだってできたのに。給料日から次の給料日まで身を削って働いて、仕事と子どもと母親と、絶望的な動労や、崩壊に向かうシステムの間を、ピンポールみたいに弾かれて。そのシステムが崩壊しかかっているのはお前みたいなやつのせいなんだよ。何もかもから逃れ、教育に娯楽、温かい飯に医療まで提供される刑務所に入り、税金を食いつぶすお前みたいな人間のな。」(188頁)

ノルウェーの行き届いた福祉国家に対する「善良な納税者の本音」といったところでしょうか。

さらにアンネ・ホルトの作品を語る上で避けられないのは「同性愛」の問題です。
作者自身が同性愛者であることは、ずいぶんと前から「周知の事実」で、ハンネもまた同性愛者です。
ノルウェーはデンマークに次いで世界で2番目に同性愛婚(パートナーシップ婚)を導入し、現在では正式に「結婚」が法的に認められた同性愛に「寛容な」国家です。凍える街
ただ・・・では同性愛者に対する差別が全くないか、というと残念ながら答えはNeiでしょう。
作中でも、ハンネと家族の同性愛であることの葛藤するシーンが出てきますが、アンネ・ホルトならではの繊細かつ深淵な描写です。
アンネ・ホルトの現在の心境は分かりませんが、もう何年も前、同性愛の社会問題が脚光を浴びるたびに自分が「同性愛者の代弁者にされてしまう」ことへのいら立ちを表わにしたことが報道された記憶があります。

悲しみとたくさんの業を抱えて「カンバックした」ハンネ。
オスロのフログネル地区=高級住宅地で起きた四重殺人を解決すべく、彼女の非凡な捜査能力と個性が満喫できる記念すべき「復帰作」です!



2015年1月9日
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本の話題
世田谷の美人さん、『北欧 食べる、つくる、かわいいと暮らす』♪


「北欧」にまつわる本はたくさん出版されていますが、『北欧 食べる、つくる、かわいいと暮らす』(三田陽子著、辰巳出版)は、三田さんの思い入れがたっぷり詰まった一冊です!(きっと)

なぜ、現行品ではなくビンテージなのか?三田さんのこだわりと愛情が全編を通じて伝わってきます。

本興味あるページに付箋を貼っていたら、付箋だらけになってしましました・・・。
まずは、この文章から。
「作り手であるデザイナーたちも、使い手と同じく、全員が戦争を経験しているという事実も忘れてはいけません。彼ら、彼女らの作り出した美しい製品が、戦争に傷つき疲れた人々にどれだけ喜びや慰めを与え、前を向かせたのだろうと思うと、私はこれらの明るさ、陽気さ、優しさを愛さずにはいられません。」

軽やかな文章ですが、三田さんの「宣言」のようにも受け取れてました。
では次の文章に行きます。
「初めて北欧のビンテージに出会ったとき、単純なのに強い印象の、それまで見ていたアンティークと違う雰囲気に魅了されました。北欧のビンテージは、いくぶん野暮ったく、大胆で自由闊達。」

ふふ。まるで北欧人そのものが、その作品に反映されているのですね。この文の続きも、読み応えあり!みなさん、買ってから確認してみてくださ~い。

他にも、今まで「当たり前」だと思っていたことが、三田さんの解説で「そうだったのか!」と分かったところがあります。
なぜ北欧は、大きなキャセロールをどんとテーブルに置いて、皆がそこから取って食べていくスタイルが多いのか・・・。やはりここにも歴史的な背景と食の因果関係が解き明かされてます。くどいですが、みなさん、買ってから確認してみてくださ~い。

デザイナーの紹介が合間、合間にはさまれているのですが、興味を惹かれたのはこのデザイナーです。
フィンランドの「リーヒマキガラス」デザイナーの「タマラ・アラディン」。
ロシア系で客室乗務員からデザイナーへ転身、という道を進んだそうですが、彼女に関する資料は少ないとのこと。三田さんは、フィンランド国立ガラス美術館の主席学芸員に取材をします。スターデザイナーたちの陰に隠れていたアラディン。作品数は多いのに知られていないキャリアやデザイン姿勢、そして「へ?」と驚く現在の彼女の姿。まさに、三田さんにしか書けないストーリだなぁ~と。
作品を買うだけ・鑑賞するではなく、こうした背景が分かるのはワクワクしちゃいますね。

本書では、三田さんがセレクトした素敵な写真がたくさん掲載されていて、読者を楽しませてくれます。
さらに北欧各国名物料理のレシピが付いていて、美味しいお料理とそれに合ったビンテージ食器の世界は・・・うっとりしちゃいましょう♪ (北欧風アンチョビの作り方まで教えてくれるなんて~)

ただ現状の「北欧デザイン」に関して、悲しい現実も触れられています。
ブランドによっては、「手彩色の製品は現在では作られていません。焼成時間もかつての4分の1ほどに短縮された製品もあります。何よりも製品のほとんどが北欧ではなく低コストで生産できる東欧やアジアといった外国で作られています。」とのこと。

前述の「タマラ・アラディン」の章でも、こんな主席学芸員の証言があります。
「北欧ガラス産業は衰退にあります。」そして具体的なブランド名を挙げて、その衰退の事実を明らかにしてくれます。

三田さんの文章にあるように、「北欧で作られたものた北欧のもの」はビンテージでしか得られない。。。。これが現実なんですね。

他力本願の私は、三田さん夫妻がハードな買い付けで、素敵なビンテージをたくさん日本に運んでくれ、そしてFukuyaの毎週木曜日の新着アップを楽しみにしたいと思いま~す。
すでにFukuyaでビンテージをお持ちの方も、これからビンテージにちょっと触れてみたいな、という方にもマストな本であることは間違いありません。

最後に・・・
三田陽子さ~ん、処女作おめでとうございま~す!!
ダンナさ~ん、妻を支える夫はけなげで~す。私への毒舌は快感になってきました~。ふふ。



2015年4月1日
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本の話題
『模倣犯』&『赤ん坊は川を流れる』~様々な北欧ミステリ小説~


ミステリ小説の醍醐味は、時間を忘れてひたすらページをめくることではないでしょうか?

『犯罪心理捜査官セバスチャン』の続編模倣犯(M.ヨート&H.ローセンフェルト著、ヘレンハルメ美穂訳、東京創元社)を読書中、その醍醐味を味わうことができました。
本作のユニークさはきっとミステリファンだったら、本格的に分析できると思うのですが、所詮、私はトーシロー。感想文を書きたいと思います。

本『模倣犯』の作者ペアはスウェーデンの脚本家。ここに魅力のヒントが隠されている気がします。
キャラクターづくりが上手なんですよね~。みんな、キャラが立ってます!
主人公セバスチャンのダメっぷりは前作を上回ってます。ただ「ダメっぷり」といっても、過去の栄光や災害で亡くした家族への喪失感、また実の娘に対する抑えがたい愛情などあますことなく描かれています。人間味ありすぎで、「優秀なプロファイラー」部分がかすんでしまうほど・・・。
セバスチャンと絡んでくる警察チーム側は、男性より女性陣の方が存在感があります。
セバスチャンと過去に関係があった女性刑事の愛増まじりの感情や、優秀な若き女性刑事のセバスチャンへの嫌悪感など、セリフやナレーション部分でテンポよく描かれています。
特筆すべきは刑務所所長。
主人公セバスチャンは「ダメ」でも「優秀」ですが、刑務所所長は「ダメ」で「ダメダメ」。
愚鈍、自己保身、屈折、やることなすこと全て裏目、という「どう頑張っても愛せない」キャラクター。この人物もなかなかフシギ。クセになるかもしれません。

・・・というように、キャラクター設定がしっかりいている本作。
人気の北欧ミステリですが、「キャラクターの名前が日本人にはなじみがなく、読んでいても頭に入ってこない」という弱みがあるかと思います。
ですが、「セバスチャンシリーズ」は犯人も含め、キャラクター設定がはっきりしているので、個々の登場人物、相関関係をしっかり覚えることができるという「効能」があるのではないでしょうか?

さらに脚本家ならではの魅力に、セリフとナレーションの妙があるかと思います。
『模倣犯』では、収監されている連続殺人犯が刑務所内から、いろいろな人間を操ります。
彼はどういう言葉を発すれば相手がどう反応するかを計算しているので、彼のセリフは短くても凄みがあり、緊張感があります。

面白い書き方!と感じたのは、ダメ刑務所所長のモノローグ部分です。
彼は物語の後半、愚かさゆえに致命的なミスを犯すのですが、その時に、どうやって事態を収拾するかを彼独特のシミュレーションを行います。
ちょっと引用しますと・・・

「それでイェニーは助かるのだろうか?イェニーはいない」(ジャンプ)
「危険だと知らせるとしたら、理由はなんと説明すればいい?(略)出世が頭打ちになるどころではない。罰せられるに違いない。」 (ジャンプ)

この「ジャンプ」は次の考えに移る合間に挟まれるのですが、ユニークなモノローグと感じました。
ジャンルは違いますが、筒井康隆の作品「七瀬シリーズ」(主人公、七瀬は人の心理が読めてしまう)でも、登場人物の心理描写が非常に実験的だったことを想起しました。
愚かさ、醜さ、欲望、そうした負の感情を描く際に、作家の力量があらわれるなぁ~と感じます。

陰惨な猟奇殺人を描いているのに『模倣犯』がヘビー過ぎないのはなぜ?自然なセリフ運びや自在に動くキャラクター、読後感は悪くないです。気持ちはただ一つ・・・
「次回作が読みたい!」に尽きるでしょうか??

ヘレンへルメ美穂さん、お願いしますね~。美穂さんとスカイプ対談した時の様子はこちらから。

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デンマークのミステリは未読です。なので赤ん坊は川を流れる(エルスベツ・イーホルム著、木村由利子訳、東京創元社)は、記念すべきデンマークミステリデビュー作!
帯に「ライトミステリ」と書いてあったのですが、え?ライトミステリって何?と分からなかったので、先に訳者あとがきから読んでしまいました・・・。

本この訳者あとがきでは、デンマーク以外の北欧ミステリー史の解説が丁寧につづられ、とても興味深かったです。
本作は、「フェムクリム」(femikrim)と呼ばれるジャンルだそうです。基本的に女性作家が書く、女性が主人公のミステリ。
フェムクリムの歴史的発展、「アクションや謎解きより、主人公の日常と心理の描写のほうに頁が多く割かれている」とのことです。

『赤ん坊は川を流れる』ですが、主人公は40歳のシングルマザー。2人の親友も当然、女性たち。3人の女友達は、デンマーク人・スウェーデン人・アジアからの養子のデンマーク人という組み合わせ。この設定は、「デンマークだったら普通にあるだろうな~」と感じます。
彼女たちは、トラウマ的な過去を持っていたり、結婚生活に悩んだり、仕事で男性上司ともめたり、そして恋をしたり、とそうした描写が、事件解決と並行して描かれています。

事件は冒頭に起こります。
3人が集っているカフェの近くの川に、プラスチック桶に載った赤ちゃんの死体が流れてきます。
主人公は新聞記者で、彼女自身がその場に居合わせたことから、否応なく事件に巻き込まれていくのですが・・・。

北欧ミステリによくある残虐性、社会のダーク面を強調する作品ではありません。
ただ、舞台はデンマーク。どうしても事件を通じて、「社会性」は透けて見えてきます。
赤ちゃんの死体にくるまれたタオルには、コーランが縫い付けられています。そこですぐにムスリムが犯人?と人々は結びつけるのですが、主人公の娘のセリフから引用してみましょう。

トルコ人の女の子がやったんじゃないかって、みんな言ってる。コーランのことがあるから。それと、デンマーク人の女の子だったら、あんなことはしない。

この一見、「無邪気」なセリフ。別にデンマークでもなく、他の多くのヨーロッパで同じようなセリフや考え方が、いくらでもあり得るのです。

事件に巻き込まれた女友達3人組。
中年女性たちの友情、思いやり、そして恋模様も描かれていて、通常のミステリ小説では味わえない何かが本作にはあるでしょう。

・・・と全くテイストが違う『模倣犯』と『赤ん坊は川を流れる』。
ぜひ北欧各国のミステリを読んで、「北欧ミステリコンプリート」を完成させるのはいかがでしょう?



2015年4月21日
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映画の話題
ノルウェー映画『バレエボーイズ』!


ノルウェー映画『バレエボーイズ』のことを聞いた際、元生徒さんのことを思い出しました。
中学卒業後、ノルウェー国立芸術アカデミー(KHiO)のバレエスクールに入学が決まり、3か月間だけノルウェー語を習いに来てくれたのです。2013年にオスロを訪れた際、偶然、彼女と会う機会があり、すっかり大人になった姿に感動したのです(その際のエピソードはここから読めます。)
そういった個人的な思い入れがあり、『バレエボーイズ』の試写会はとても楽しみでした!

・・・映画鑑賞後、いただいた資料を読んでいると「Director’s note」のある箇所に目が留まりました。引用しますね。
「バレエに打ち込む少年たちは偏見にさらされている。ビールが大好きなサッカーのサポーターたちは、バレエを女性的だと考え、女性やゲイがやるものだと思っているが真実は違う。」(ケネス・ネルヴェバック監督)

20150804-2

確かに映画の最初の方でも、「バレエは女の子がやるというイメージがあるけど・・・」というセリフはありました。
でも本作を観てしまったら、そんな「偏見」は全く消えます!映画の中の男子ダンサーたちは、ただひたむきにバレエと向き合っています。そこには男性も女性も関係ありません。

さて『バレエボーイズ』の主な舞台は、オスロのオペラ座です!(パチパチ)
オペラ座の正式名称は、Den Norske Opera & Ballett。つまり「オペラとバレエ」の両方が上演されます。オペラ座でバレエの練習ができるなんて贅沢!と思ってしまうほど。

20150804-4

主人公のルーカスを中心に同じくダンサーを目指すシーヴェルト、トルゲールたちは映画冒頭では14歳。
まだまだ遊びたい年頃ですが、友達づきあいやパーティなどは全て犠牲にして、バレエ三昧の日々を送っています。

と同時に「プロのダンサーになれなかったら?」という葛藤や不安とも闘っています。
ルーカスたちが通っている中学の先生との進路相談で、「ダンサーで成功できる人はほんの一握り。もしなれなかったらどうする?ケガだってあり得る。他の選択肢も考えておくべきでは?」と先生は諭します。このシーンはすごーく20150804-1ノルウェーらしいな、と思いました。先生と生徒が対等に率直に、かつ現実的な話し合いをしています。
先生は老婆心(?)なのか、「NAVという相談機関もある」と紹介していて、苦笑・・・。NAVは、日本で言うところのハローワークです。先生、現実的すぎます!
他にも、バレエスクールの入団試験の身体検査のシーンで、「ノルウェーらしいな」と感じることができました(あまり書くとネタバレになるのでやめます)。
こうして、プロのダンサーになるリスクを周囲の大人たちが支えている姿を映している点が、映画に厚みをもたらします。

さて普通に『バレエボーイズ』がどんなに素晴らしい映画は、他の専門家の方々が書いていると思うので、私はもっと「ノルウェー」に特化した映画の楽しみ方をつづりたいと思います。まずは・・・ルーカスのノルウェー語
20150804-3彼が14歳の時に話すノルウェー語は典型的な「若い子のノルウェー語」で、ちょいモニョモニョしています。徐々に彼の顔つき、肉体ともに大人になっていきますが、話し方も聞き取りやすいノルウェー語になっていくのが聞きどころでーす。もちろん、彼の美しすぎるルックスも見ごたえあります♪(ノルウェー映画には珍しい!)。

他には・・・・「歯の矯正」!
「歯が命」のノルウェー人。登場人物の中には、矯正ブリッジをつけていますが、「ノルウェーらしい」と思っちゃいました。

優雅でハードなバレエの練習シーン、舞台でのパフォーマンス、更衣室での3人のリラックスした姿、友や家族との別れ、そして彼らの決断は?
青春&成長の詰まった成長物語です。別にノルウェーや北欧に思い入れがない方でも、楽しめる作品であることは間違えありません。

そうそう。NHK-BSでテレビ用に編集された『バレエボーイズ』をご覧になっている方も多いかと思います。私もそうです。
「だから映画は別にいいや~」とは思わないでください!テレビ版ではカットされた部分がたくさんあり、またそれらが面白いのです!

映画の公式ホームページはこちらです!
8/29(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷アップリング他全国順次公開。ぜひ映画館のスクリーンで堪能してください♪



2015年8月4日
norway yumenet official blog 150804より転載しました-

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本の話題
ご当地絵本♪


ノルウェー人は「愛国心」が強いという印象ですが(自虐は自虐に過ぎず、本音では「世界一の国」と思っている?)、自分の町に対する愛情もあるのかな~と思います。
というのも、こんなシリーズ本がノルウェーでたくさん売られているんですよ~。

20151004

真ん中の絵本は「Jeg ♡ Oslo」(オスロを愛してる)
左側が「Æ ♡ Trondheim」(トロンハイムを愛してる)
右側が「Eg ♡ Bergen」(ベルゲンを愛してる)

です。
実はもう1冊「Stavanger」(スタヴァンゲル)バージョンもあるのですが、コンプリートできませんでした・・・。

9月の旅行では、オスロばかり滞在していましたが、ほとんどの本屋さんに「オスロLOVE」本が並んでいました~。
きっとベルゲンではベルゲンLOVE、トロンハイムではトロンハイムLOVE本であふれていると思います。

細かいことを言うと、「私」を意味する”Jeg”ですが、ベルゲンの方言では”Eg”、そしてトロンハイムの方言では”Æ”になってますね。
きっとこう書かないと地元民は納得しないだろうな~と納得。

ちなみにベルゲン本は、『キュッパ』シリーズのオーシル・カンスタ・ヨンセンさんが描かれているのですが、街並みのディテールから愛情が伝わってくるようです。
それぞれ思い入れのある町の絵本はいかがですか?



2015年10月4日
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映画の話題
ノルウェー映画『1001グラム ハカリしれない愛のこと』


邦題って難しいですよね。「え?」と違和感をおぼえた邦題は数知れません・・・。
そんな中、ノルウェーを代表するベント・ハーメル監督の最新作の邦題はなかなか意欲的。
原題は『1001gram』ですが、邦題は『1001グラム ハカリしれない愛のこと』です。
観終わった後に「なるほど~」と膝を打つような見事な邦題だと思いました~。

その作品のほとんどが日本で公開されてきた「愛され監督」のベント・ハーメル。
監督のデビュー作『卵の番人』、『キッチン・ストーリー』、『ホルテンさんのはじめての冒険』、『クリスマスのその夜に』など、抑制されたセリフや表情のおじさんキャラが、くすっと笑わせてくれる映画が特徴です。
彼らの多くは、決まりきった日常生活を送っていますが、思えば、フツーの人の生活だって同じようなもの。
「何かいいことは起きないかな?」と願いつつも、日々は過ぎていきます。
でも無理のない展開で、ちょこっと日常生活を「脱線」=「好転」させてくれる監督の最新作を試写会で観てきました。

今回の主人公は女性です!ベント・ハーメル監督=おじさんのイメージを破る配役にまずは驚きます。
ノルウェー国立計量研究所に勤務するマリエは、青い小さな電気自動車で走る周る姿が印象的。
他の作品と同じく、マリエのセリフは少なく表情豊かとは言えません。
青い電気自動車以外にも、研究所の青い柱、病院の青い配色、青の傘、青のタオルなどなどマリエの周りは「青」で占められています。
マリエの淡々とした日常と青が、マッチしています。

BulBul Film, Pandora Film Produktion, Slot Machine © 2014
BulBul Film, Pandora Film Produktion, Slot Machine © 2014

仕事でパリに行くことになったマリエは、ある男性との出逢いがきっかけで、青の世界から色彩が豊かな世界へとゆっくり移っていきます。
それに伴い、硬かった表情が人間味のある表情へと変化していきます。
自由、愛情そして解放感に溢れたマリエ。
ベント・ハーメル監督らしい派手ではないけど、心が温まるほんのりとしたラストシーンが印象的です。

ベント・ハーメル監督の作品を見る度に思うのですが、人を笑わせるためには、おふざけよりも真面目な姿を映した方が効果的なのではないか?という点です。
本作では、みなが真面目であるがゆえに「くす」と笑えるシーンがいくつもあるので、ぜひ皆さんなりの「ツボ」を見つけてくださ~い。

・・・ここで「ノルウェー伝道師」からの『1001グラム ハカリしれない愛のこと』トリビアです!!
まず「電気自動車」。
税金もろもろの優遇や人々の環境意識の高さなどから、ノルウェーでの普及率はハンパないです~。

そして主役マリエを演じたアーネ・ダール・トルプ(Ane Dahl Torp)のお父さんは、ノルウェーを代表する言語学者Arne Torpです。
オスロ大学留学中には、Arne Torp の著書がテキストとして使われていました。また昨年、ノルウェーで開催された「翻訳者セミナー」で、Torpさんが登壇されたのですが、ユーモアあふれるプレゼンテーションで、会場を沸かせてくれました。
そんな関係もあり、アーネ・ダール・トルプの活躍ぶりを見ると、「ああ、あのお父さんの娘なのね~」とシンパシーを覚えていました。

・・・とトリビアはこのくらいにして・・・

ベント・ハーメル監督は、大げさなシーンやセリフを使わずに、人生の妙味を表現できる稀有な人ではないでしょうか?
普通の人たち、普通よりも不器用な人たちへ注ぐ監督の深い愛情を感じました。

本作は、10/31(土)よりBunkamuraル・シネマ他全国順次公開が決定しています!
ぜひスクリーンで、ベント・ハーメル監督の世界を体感してください♪

公式サイト:http://1001grams-movie.com/

BulBul Film, Pandora Film Produktion, Slot Machine © 2014
BulBul Film, Pandora Film Produktion, Slot Machine © 2014



2015年10月6日
norway yumenet official blog 151006より転載しました-

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