北極圏の冬の旅
〜ナルヴィクから〜
2月の末から3月の初旬にかけて、私の通うノルウェー語学校は冬休みになりました。ノルウェーの学校ではこの時期に冬休みがあるのが一般的なのです。せっかくのお休みなので、スキー旅行に出かけることにしました。どこのスキー場に行こうかといろいろ検討した結果、北緯68度に位置する北の街、ナルヴィク(Narvik)に決定。ナルヴィクは人口約18500人、ノルウェー第31番目に大きな街です。でも、31番目ともなると小さな街と言った方が正しいですね。
前にも書きましたが、ノルウェーのスキー場は全体的に規模の小さいものばかりです。特にナルヴィクにあるのは決して大きなスキー場ではありません。スキーを楽しむ事だけを考えたら、他の地域に行った方がよほど楽しいとも思われたのですが、今回は北極圏にこだわってみました。北極圏で一番大きかったのがナルヴィクのスキー場だったのです。なぜ、北極圏?この寒い季節に?目的はもちろんスキーです。が、もしかしたらオーロラが見られるかも・・・・と下心があったのも確かです。私の周りのノルウェー人たちはオーロラにはまったく興味を示しません。見たことがある人もいれば一度もないという人もいます。「北欧」=「オーロラ」と連想するのはどうやら日本人だけの特質のようです。それでもやっぱり、私は日本人。ノルウェーに来たからには一度は見てみたいと、心の奥でかなり根強く思っていました・・・・・。
ナルヴィクまでは往復とも飛行機を利用しました。オスロ空港からナルヴィク空港への直行便がないため、最寄のエヴネス空港まで1時間半ちょっと飛び、そこからバスで約80kmの道のりです。
ところで、この冬の北極圏は毎日毎日、雪が降り続いていました。今回の旅行の直前にも週間天気予報を見たのですが、どうやらまったく晴天を期待できない最悪のお天気が続きそうでした。という訳でオーロラはほぼ絶望的、スキーも雪の降る中でしか出来ないかなと、半ば諦めムードの出発となりました。

まずはナルヴィクの全景をご紹介しましょう。
これはスキー場のある山の中腹から撮影しました。ご覧の通り、内陸に深く入りこんだフィヨルドと山の合間に街並みが広がっています。対岸に見えているのは陸続きの本土です。中心部からちょとはずれたところに高層のマンションが目立っているのですが、観光客の私の目から見ると、大自然の景観から浮いているように見えました。
写真を見て、「なんだ、いいお天気だったんだ。」とお思いになりましたか?
そう、旅行中、いいお天気の時もあれば大雪の時もありました。あえて「時」と書いたのですが、毎日の天気予報についているマークは「曇り時々晴れ、時々雪」というもの。つまりは1日の内でころころ変わるお天気ばかりだったのです。
写真の説明をいたしましょう。中心の写真がナルヴィクのスキー場です。山頂は標高1272メートル。実はノルウェーのスキー場では最高地点になります。(日本なら標高2000メートル級のスキー場もたくさんありますが。)ただ、今回とても残念だったのは最上部のリフト(1003m)が動いていなかったことです。当初は3月1日からと書いてあったのに何故かその週末まで延期されてしまい、私の滞在中には一度も動かされませんでした。故に動いていたのは1本の長いゴンドラリフトとわずか3本のTバーリフトのみ。(実質的にはほとんどゴンドラばかりを利用していました。)いかにここが規模の小さなスキー場だかおわかりになりましたか?
私が購入したリフト券は6日券(リフト、ゴンドラ乗り放題)でしたが、販売しているお兄さんが定価720クローネ(近頃は1クローネ=12.5円を下回っています)を、学生割り引き扱い(640クローネ)で売ってくれました。私は今まで、その場でリフト券代をまけてもらうという体験はなかったので少々驚きました。もし、それがなかったら「予定通りにリフトを動かせ!」と文句を言いに行っていたかもしれません・・・・。ちなみにリフト券は2時間券や3時間券、午前券、午後券、1日券から7日券などかなりの種類があって6歳以下は全て無料です。
写真左の3枚はナルヴィクの博物館です。一番上がオフォート博物館で、この地方に関わる展示物があるのですが、冬季閉館中でした。その下の2枚は戦争記念博物館の外観と内観。1940年4月9日にオスロ、ベルゲン、トロンハイムそしてナルヴィクが突然ドイツ軍に侵略を受けた時の様子が展示されています。ナルヴィクでは制圧されるまでの約2ヶ月間、諸外国(イギリス、フランス、ポーランド)とノルウェーの連合軍対ドイツ軍との激しい攻防戦が繰り広げられました。この戦争で町は大きく破壊されてしまいました。
写真右上は、中心通りの様子です。と言ってもこれが中心地?と思えるほど閑散とした雰囲気でした。気温が氷点下10度を下回るような寒さの中でも、雪の上を乳母車を押して歩くのはここでは普通のことのようです。写真右下のおばあさんは、スレッジ(自転車代わりのそり)でひょいひょいと進んで行きました。

お世辞にも美しいとは言いがたい写真もご紹介致しましょう。これは街中の建物の一つです。
とある私の知り合いのノルウェー人は、私がナルヴィクに行くことを知った時に「なぜナルヴィク?」と驚きました。私も行ってみてわかったのですが、この街は他のノルウェーの有名どころの観光地に比べて、決して美しい街並みではないのです。先にも書いた戦争で古い建物が破壊されてしまったせいもあるでしょう。またナルヴィク港が、スウェーデンのキールナから鉄鉱石を載せてやってくる列車の終着地であり、列車から船への積み替えを行う工業的な景観を作っているせいとも言えます。加えて、写真のような老朽化した建築物が目立っているのも事実です。手持ちのガイドに「ナルヴィク最大の高級ホテル」と表記のあったホテルの建物ですら、古びた巨大なコンクリートの塊といった感じでした。個々の木造住宅はノルウェー特有の美しい家々であるのに、大規模な建築物は補修、建て替えの必要に迫られているようでした。夏の旅行でノルウェー最北の街、ホニングスヴォーグに行った時に持った印象とどことなく似ています。戦後の復旧で、近代化を夢見た付けなのでしょうか?厳しい自然環境に建物が耐えきれないのでしょうか?短期間の滞在でしたので詳しいことはわかりません。あくまで個人的な印象を書くに留めておきますが、なにか日本の街の景観と共通点があるような気がしました。

先ほどちょっと書きましたが、ナルヴィク駅はスウェーデンからやってきている鉄道の最終駅です。そしてここはノルウェーの鉄道の最北駅であり、ヨーロッパの最北駅でもあります。鉄道ファンには人気があるそうです。
駅はひっそりとした小さな黄色い建物です。ホームすらあるのかないのかよくわかりません。誰でも自由に立ち入ることが出来ます。右上の写真はキールナからの鉄鉱石を運んでいる貨物車です。

この冬の北極圏はとにかく大雪なのです。家も車もほっておくと埋もれてしまうので、人々はせっせと雪かきをしなければなりません。ある家のガレージには寒さに備えて暖炉用の薪が山積になっていました。
今回私の旅行中に、山の中腹の道路が小さな雪崩で埋まってしまって夜中に除雪作業をしているのを目にしました。また、私が旅行から帰ってすぐ、ナルヴィクで大きな雪崩があって家がつぶされたとニュースになっていました。あまりの雪の量に、先々の雪融け水による洪水災害も懸念されているようです。厳しい自然の中に住むことの大変さを思い知らされました。
さて、話は変わって写真中央は夜の散歩中につきまとってきたネコです。他にもたくさんのネコに出会ったのですが、果たしてみんな飼いネコだったのでしょうか。それとも野良猫があの寒さの中で生きていけるのでしょうか。これはいまだに謎のままです。
この街にはレストランが少ないので探して歩きました。そのとき、「ここはレストランだ。」と思ったのが写真右下の建物です。1階部分がレストランのようなライティングで素敵な雰囲気でした。ところが、入口部分の表札をよく見てみると、ここは老人ホームだったのです。1階が食堂、2階から上は居室になっているらしく、それぞれの窓が個性的なかわいいカーテンで飾られていました。建物そのものはそれほど新しくもなく、ごく普通の感じだったのですが、その使われ方が日本の老人ホームとはちょっとイメージが違うようです。

ナルヴィクでは他のノルウェーのスキー場と同様に、アルペンスキーとクロスカントリースキーの両方を楽しむことができます。もちろん若者達に人気のスノーボードも可です。そしてまた、ここのスキー場の「売り」は海(フィヨルド)を眺めながらのスキーです。山の中腹にあるゴンドラの到着駅にはカフェ・レストランが併設されていて素晴らしい眺望を眼下に食事が楽しめます。地元のこどもたちは立派なソリを持ってゴンドラに乗りこみ、山の上から2kmほどあるコースを一気に下って行きます。日本のスキー場の場合はたいてい「ソリ」はこども専用バーンだけですが、ここではスキーと同じコースを滑れるのです。コースがすいているから出来ることなのかもしれません。
平日はリフトが動くのは午後1時からだったのですが、午後から晴れる日が多く、私は思う存分気持ちよく、スキーを楽しむことがかないました。(もちろん、アルペンスキーとクロスカントリーの両方です。夫と2人で4組のスキーを持参しました!)

雪と、フィヨルドと、遠くには宝石のようなロフォーテン諸島。
「ここを訪れてよかった。」と思うのには十分な眺望でした。
写真右隅に写っているのは、先ほどご紹介したカフェ・レストランです。斜面から張り出して作られているのがグッドアイデアだと思いました。
また、このスキー場にはコース整備がされていない自然のままのコース、いわゆるオフピステがたくさんあって、この写真のようなところを滑って行くことが可能です。見た目にはすばらしく快適そうですよね。パンフレットに載っているような豪快なスキーが出来そうですし!そう思って私もチャレンジしてみたのですが、一度きりでした。現実は、雪の下には岩が隠れていてスキー板に傷はつくし、雪は重くて曲がりづらいしで、散々だったのです。

実際はもっともっと美しいです。
気温は氷点下、太陽の光の中で凍った空気の結晶がキラキラと輝いていました。
右上の写真はカフェ・レストランの近くから撮ったもの。その他の写真は、更に上で撮ったものです。リフトを動かしてもらえないので、仕方なく歩いて登りました。左下の写真の山のてっぺんがリフトで行ける最高地点なのですが、歩いたのはその中間くらいまでです。美しい風景を見ることが出来たので途中(右下の写真のスカーレットという地点)で断念してしまいました。この日、板を担いで登る努力家は他にも何組かおりました。

夕暮れと共にリフトの営業終了。
1日の最終ランは美しい夕陽と共に・・・・。
このまま終わってしまっては失礼でした。確か、前振りでオーロラについて書きましたものね。これを読んで下さっているあなたは日本人でしょうから、きっと気になっていることでしょう。天気も悪いばかりではなさそうだし・・・見られたのかなって。
結論から申しげましょう。幸運にも見ることが出来ました。確かに、オーロラです。ただ、残念ながらカメラにおさめることは出来ませんでした。試してはみたものの私のデジカメではやはりダメでした。写っていたのは夜の闇だけです。
詳細を書かせていただきますと、旅行前半の夜は、雪が降ったり雲っていたりの悪天候でまったく見られる気配がありませんでした。5日目の夜、ホテルから窓の外を眺めていると、なんとなくぼんやり緑色の筋を見たような気がしました。本当に最初は待ちくたびれた故の目の錯覚かと思ったほどです。ところがそのわずかな光が次第にはっきりして、目をこすっても消えません。「これだ!」と思って、夫にも声をかけて外に飛び出しました。寒さも忘れてスキー場の斜面の途中まで掛け上がりました。初めて見たオーロラは本当にわずかな薄緑色の輝きで、ぼんやり現れては消え、また別の空に現れては消え、そのうち空いっぱいに天の川のように淡い白い光が広がるものに変わりました。ずっと眺めていなければ、きっと私もそれがオーロラだとは気がつかないでしょう。しかしながらその淡い光は妖気な炎のようにゆらゆらと動いているのです。時に激しく動いたり、時に煙のように流れたりもしました。これが私のオーロラ初体験です。絵葉書やパンフレットのような鮮やかなオーロラを連想していた私にとっては想像とまったく違うものでしたが、感動的であったことは間違いありません。
その翌日、翌々日とも再びオーロラを見ることがかないました。いずれもそれほど強い光のものではありませんでしたが、最終日の夕食後にレストランを出てから街中で見たものは、はっきりした薄緑色のカーテン状のオーロラでした。ただ、そのオーロラを眺めていた時に、地元の娘さんに道を尋ねられ(なぜ見るからに外国人の私達に聞いたのかは不明ですが)、一番美しい瞬間を見損ねたのにはがっかりしました。それほど瞬間瞬間で変化してすぐに消えてしまうものだったのです。そして気が付けば大騒ぎして夜空を眺めているのは私たちだけでした。地元の人々にとっては雲が浮いているようなものなのですよね、きっと。
今回、私が見たオーロラがナルヴィクで見られる中でどの程度のものなのかは、さっぱりわかりません。年に一度や二度は、地元の人々も思わず立ち止まって見上げるようなオーロラが現れるとも聞きます。この冬はそれが12月31日の夜12時、西暦2000年になるミレニアムの瞬間で、人々がミレニアムの花火と勘違いするような真っ赤で激しいオーロラが現れたそうです。また今年は11年に1度訪れるというオーロラの当り年で、北欧意外のオーロラの宝庫、アラスカ辺りでもすばらしいオーロラが出現したと聞きました。「一生に一度見られれば満足。」と思っていた私ですが、どうやら私の中の日本人魂が黙ってはいません。今や、「もっとすごいのを見てみたい。」と心の奥底でうずいております。

最後にナルヴィクで購入した絵葉書の写真でも載せておきましょう。私が見たのは上の写真、「NARVIK」と書かれた絵葉書のオーロラに近いですが、もっともっと淡くてはかないものでした。下の写真のカラフルなオーロラは、ナルヴィク以外の地域で撮影されたもののようです。
♪・・雪のないリレハンメルを訪れました ♪・・ノルウェーのユール(クリスマス) ♪・・ドラメンのミレニアム ♪・・身近なところでスキーを楽しみました ♪・・ノルディックスキー競技観戦記 |
