特集「ノルウェーのスターヴ教会」



ノルウェーにはスターヴ教会(stavkirke)と呼ばれている独特な木造教会があります。スターヴ教会はヴァイキング時代後100年以上たった12世紀から14世紀の200年ほどの間に、1000棟以上が建てられたそうです。しかし現在では30棟ほどしか残されていません。
スターヴ教会は各々によってその様相が違っていますが、特徴的なものを例にあげてみましょう。塔のように尖った教会堂の屋根は一面うろこのようなこけら板で覆われていて、屋根の両端には立派な龍頭がついています。龍頭はヴァイキング船の船首、船尾にあったものと同じく魔よけを意味しているそうです。屋根を支える梁や骨組みもヴァイキング船の船底の造りに類似していて、入口部分や壁、柱に多く見られる彫刻は龍や蛇、北欧神話の架空の動物などがモチーフで、これもヴァイキング時代の装飾にあるもののようです。
「スターヴ」とはノルウェー語で垂直に立った「支柱」を意味しています。その構造は釘やネジを用いず、丸支柱や厚板を天井に渡された梁と土台の間に垂直にはめ込むものです。地面からの湿気を防ぐ為に高く積まれた石の上に四角に組んだ土台をつくっているのですが、ごく初期の古いものは柱や壁を直接地面に建てていて腐食してしまったことが発掘調査でわかっているそうです。
教会の大きさによって本堂の支柱の数は違っていて、材料となるマツは職人によって念入りに選ばれていたようです。木の上の枝を切り落とし、幹の樹皮を取り除き根は残して7年後に切ったものを使ったとか。外壁や屋根の表面には腐食や虫がつくのを防ぐ為に松脂を塗っています。現在でも保存のために定期的に修繕がされているようです。
スターヴ教会は研究上、大きく2つのタイプに分類されています。それらのタイプA,Bについては細かくなるので後で説明することにいたしましょう。

ところで、私が初めて見たスターヴ教会は、前にもご紹介したオスロの野外民族博物館に移築されたゴル(gol)スターヴ教会でした。それは私にとっては驚きの建物でした。今まで木造建築といえば日本の建物ばかりを見てきたわけですから、同じ木造でありながら、まったく違った趣の建物が存在することがとてもおもしろく思えたのです。しかもスターヴ教会は今までに私がイメージしていた「教会」とも表情が違っています。屋根の上に目立っているのは教会のシンボルマークである十字架ではなく、気味の悪い龍頭なのですから!スターヴ教会が北欧最古の木造教会として注目されているのも、その背景にヴァイキング時代を彷彿させられるからではないでしょうか。もちろんノルウェー以外の北ヨーロッパの国々でもスターヴ教会は造られたそうです。しかし、他の国々では早々と石造りの教会にとって代えられていったそうです。現在ノルウェーばかりにこうした教会が残っていることにも、何かヴァイキングの神秘を感じずにはいられません。

前置きが長くなりました。
という訳で、私はスターブ教会に興味を持ったので、ノルウェー滞在中になるべく多くのスターヴ教会に足を運んで実際に自分の目で確かめて来ようと思いました。しかしながら現存するスターヴ教会というのはたいてい「山の中にひっそり建つ」ものでして、なかなかすべてを周るわけにもいかないのですが。とりあえずドライブのついでに立ち寄ったり、機会を見つけて訪ねることにしました。
今後も新たな教会に行ったら随時ご紹介をして行く予定です。まずはこれまで私が見たものをご覧下さい。ただ、残念なことにほとんどの教会では内部の撮影が禁止されています。内部の様子を詳しく載せられないことをご了承下さい。

ここで、更に前置きを付け加えさせていただきます。興味のない方はどうぞ飛ばして下さい!




スターヴ教会の分類について

スターヴ教会はその構造によって細かく分類されていますが、大きくは2つのタイプに分けられます。
今回ご紹介しているものはBタイプばかりですが、機会があったら是非Aタイプの教会にも足を運んでみたいと思っています。

        
     
Aタイプ Bタイプ  説明
断面の概略 Aタイプの断面概略図
Bタイプの断面概略図
図の通り、Aタイプは屋根が1つですがBタイプには側廊があります。構造的に単純なAタイプに比べるとBタイプには屋根を支えるマスト(支柱)があり、大規模で高さのある建築が可能です。
図にはありませんが、もちろん屋根の内部には梁やクロスのブレースなど、頑丈な構造体が入っています。
  
平面の概略 Aタイプの平面概略図 Bタイプの平面概略図 Bタイプを平面的に見ると多数のマスト(支柱)があることがよくわかります。マストの数や配列は建物の規模、形態によって違っています。
Aタイプの多くはマストは存在しません。しかし、中には図のように中心のみマストがあるものもあります。
尚、ここに描いた絵はあくまでも分類上の参考図です。実際の教会はそれぞれにもっと細かい特徴を持っています。






さて、それでは実際のスターブ教会を見てみることにいたしましょう!

ウルネスの外観


写真があまりきれいではなくて申し訳ないですが、これは
「ウルネススターヴ教会」(Urnes stavkirke)です。(ノルウェー語では教会のことをヒルケまたはシルケと言います。キルケとは読みませんのでご注意を・・・・)
この教会は夏の項目でご紹介したブリクスダール氷河よりも南東に位置し、ソグネフィヨルドから枝分かれしたルストラフィヨルド(Lustrafjorden)のほとりの丘の上にひっそりと建っています。
写真を見ておわかりの通り、このような地味で小さな教会を最初に持ってきたのには理由あります。なんとこれがユネスコの世界遺産に指定されている建物なのです。
にもかかわらず、ここを訪れるには交通の便はとっても不便です。私はドライブついでにフィヨルド沿いの道(車がすれ違うことすら困難な細い道)を30kmほど走ってたどり着きました。帰りは対岸までフェリーボートを利用しましたが、せいぜい10台ほどしか乗れそうにない小さな小さなボートしかないのです。まさにこの世界遺産、人里離れたところにぽつんと建っているのです。











教会正面と北側壁の彫刻





ウルネススターヴ教会は1130年〜1150年に建てられたものと推定されています。ノルウェーに残るスターヴ教会の中でも最も古い教会です。教会が建っている場所も地味ですが、その外観もまた簡素で地味なものです。規模も小さく、傾きかけた教会堂はスターヴ教会の特徴のひとつであるこけら板の屋根で覆われています。
北側の壁には長い足と長い首、細い胴をもった架空の動物が蛇をかみ、つたが円形状にからまった彫刻(写真右)が刻まれています。この彫刻は当時のものがそのまま保存されていて、ここが世界遺産に指定されるにあたって特に重要な意味を持っているようです。それにしては野ざらしで、手に触れられる状態であったのには少々驚きましたが。じっくり眺めてみて800年以上も前のものだと思うと不思議な感じがしました。当時の人々はどのような心境でこの彫刻を見ていたのでしょうか。







ウルネス外観と周辺の風景






ウルネスの内部の様子(絵葉書)














私がウルネススターヴ教会を訪れた時は南側の外壁を修復中でした。(写真左上)
写真左下は教会からフィヨルドを望んだ風景、その隣はフェリーから教会のある丘を見たところです。とても静かな所に建っていることがよくおわかりになると思います。
教会の内部はガイドのお姉さんが案内してくれます。(絵葉書の写真を載せてみました。)
今回は各国から見学にやってきた10数名の人達といっしょに説明を聞きました。(といっても私には言葉がよく理解できませんでしたが。)なんとか話を取りまとめると、なんでもこの教会の内部には当初、マリア像があったのですが宗教改革(1537年にノルウェーにも入ってきたキリスト教の改革でカトリックからプロテスタントに変わった)で取り壊されてしまったそうです。しかしマリア像が建物の支えの一部だった為、全体のバランスが崩れて屋根部分が傾いたということです。
尚、祭壇部分は1600年代になって増築されたもの、八角錐の塔は1705年に増築されたものだそうです。







ウルネスの図面



見づらいですがこれはウルネス教会の断面図と平面図です。
決して大きな教会ではありませんが、屋根を支えるマストが並んでいてこの教会がBタイプに分類されることが見て取れます。





















ボルグンの外観



つづいてご紹介するのはボルグンスターヴ教会(Borgund stavkirke)です。
この教会はソグネフィヨルドの末端からちょっと内陸に入ったローダールという山岳地帯にあります。
国道沿いに建っている立地条件と代表的で立派なその様相から、ここを訪れる旅行者はけっこう多いようです。フィヨルド観光と組み合わせてバスで乗り付けることができます。
先にご紹介したウルネス教会は、世界遺産であるのにもかかわらず実はノルウェー人でも知らない人がかなりいます。それに比べてこのボルグン教会は有名で、以前はお札の図柄にもなりました。
観光化されているせいか、ここに入るための入場料は他のどの教会よりも高く、大人1人50Nkrでした。










屋根と龍頭



ボルグンスターヴ教会は1150年から1200年ごろに建てられた教会です。
屋根には4つの龍頭が目立ち、外観はオスロにあるゴルスターヴ教会と大変よく似ています。
龍頭は建設当時のものは損傷が著しく、1738年に新たに造ったものということです。
龍頭に挟まれた壁には、4人の聖人のシンボルと更に上の壁には生命の創造者キリストを意味する「生命の木」という丸い彫刻があるそうですが確認することができませんでした。





屋根を追覆うこけら板



屋根はすべてこけら板で覆われています。
腐食を防ぐ為に4年に1度はタールが塗られているそうです。
スターヴ教会が木造建築であることを実感させられます。















簡素な南口(女性用)と豪華な西口(男性用)







ボルグンの図面

写真左は南口、右は西口の様子です。(平面図では上部が南になっています。)
見ておわかりの通り、祭壇に対して正面に位置する西口の方が、側部の南口よりも装飾が多くて豪華です。壁一面がウルネスの北壁にあったような架空の動物や蛇、つたが絡み合った複雑な彫刻で飾られています。簡素な南口は女性専用、豪華な西口は男性専用だったとのことです。もちろん今は違いますが。
教会は西日が入るように常に東に向けて建てられています。つまり西口が正面口になるということです。
また、西口の手前の回廊の入口両脇にルーン文字が保存されています。ルーン文字というのは古代北欧語で「秘密」の意味があって、詳しい事はわかっていないそうです。私には傷のようにしか見えませんでした。それ以外にも秘密に掘られた多くのルーン文字が発見されて解読されているとのことです







ボルグンの内部の様子(絵葉書)


ボルグンスターヴ教会の祭壇の様子です。
1620年〜1654年の絵があり、絵の下の石台は1150年建設当時のものだそうです。
本堂内には直径30センチほどの12本の非常に堅い松の支柱が使われています。支柱と支柱の間は十字の骨組みで支えられ、柱の上部には9人の顔と3つの動物の顔が彫られています。
ウルネス教と同じくこの教会も宗教改革で内装が取り払われました。現在見られるのは1700年代以降のものだとのことです。














ロム外観




3つ目はロムスターヴ教会(Lom stavkirke)です。
ロムはオスロから北北西におよそ350kmのところに位置する村です。
氷河ツアーの途中に寄ることが出来るためか、ここにも大勢の観光客が訪れていました。
石垣に囲まれた教会が山間の平地にどっしりと建つ姿が印象的です。













ロム近景







ロムスターヴ教会は1200年ごろに建てられました。
先にご紹介したボルグンスターブ教会が土着的な素朴な教会であったのに比べると、この教会の方が多少現代の教会に近い雰囲気を持っています。
もちろん屋根のこけら板と龍頭はスターブ教会ならでは特徴を表していますが、高くそびえる尖塔は今風です。また、周りを回廊もありません。昔の回廊は教会が狭くなった為に取り外され、1660年に縦長の本堂に両翼がついて十字架状に増築されたとのことです。
















ロムの内部の様子(絵葉書)ロムの図面



絵葉書をよく見ていただくとわかりますが、この教会の内部の印象はとにかくカラフルです。本堂内にはたくさんの絵が飾られています。直接壁に描いてあるものもありました。説教壇は1699年の地元民からの贈り物だそうです。現在の姿は何度かの増改築をおこなって造られたようです。
現在も結婚式で人気がある教会とのこと、やっぱりノルウェーでも式の場所は女性が決めるのでしょうね。
















ヘッゲスターブ教会 ヘッゲの図面 写真がかなり見づらいですが、これはヘッゲスターヴ教会(Hegge stavkirke)です。
この教会はオスロからロムに行く途中の山間にあって、注意していないと見落としてしまいそうなほど目立たない建物です。
1150年から1200年頃に造られました。
全体の形状は違っていますが、この教会にも屋根を支えるマストがあり、そのうち1本は尖塔まで伸びています。Bタイプの中でもボルグンスターヴ教会と同じグループに分類されています。1807年に改修され、壁も新しくされたそうです。















カウパンゲルの外観



カウパンゲルスターヴ教会(Kaupanger stavkirke)はソグネフィヨルドのほとりに建っています。近くにはフェリーボートの発着場があります。
この教会は1100年代の後半に建てられました。
スターヴ教会の特徴となっている龍頭はありませんが、図面を見ると真中に教会堂があって、Bタイプに分類される代表的な建物であることがおわかりになると思います。
内部は比較的洗練された雰囲気で、壁には多くの絵が描かれています.内装は1960年に建設当時のものに戻したということですから当然でしょうか。尚、外観は17世紀当時のものに修復されたそうです。










カウパンゲルの図面カウパンゲルの内部の様子(絵葉書)


























ゴル(復元)の外観ゴル(オスロに移築)の外観




















この2枚の写真はどちらもゴルスターヴ教会(Gol stavkirke)です。
左の写真はオスロから200km北に位置するゴルに1994年に復元されたもの、右はオスロの民族博物館に1885年に移築されたものです。
オリジナルは1200年代に建てられました。なぜ、左の写真が小さな建物しか写っていないかといいますと、教会の周りには高い壁が作られていて高い入場料を払わないと写真撮影すら出来ない仕組みになっていたからです。手持ちの観光ガイドに復元された教会の方は真新しい内装で昔の雰囲気ではないとありましたので見学するのを省きました。しかもこちらの教会はノルウェーのスターヴ教会としてカウントすらされていません。建物がオスロに移築されてしまったので住民の希望で高額なお金をかけて復元されたものだそうですが。

オスロの民族博物館は前にもこのホームページでご紹介したと思いますが、ここではスターヴ教会についてもう少し詳しく書きましょう。
建物の外観はボルグンスターヴ教会と大変よく似ています。外観だけではなく平面プランもそっくりです。また龍頭もこけら板も、どれをとってもスターヴ教会の特徴がよく現れていると思います。どれかひとつスターブ教会を見たいと思ったら、首都に建っているこの教会は大変便利なものと言えるでしょう






ゴルの図面

ゴルスターヴ教会にはボルグンと同じく14本のマスト(支柱)があります。
本堂の周りには回廊があって、雨や風を防ぐ仕組みになっています。
祭壇部分は円形にデザインされています。内部は大変狭くて暗く、やはりボルグンと同じ雰囲気でした。













ゴルの入口の彫刻




入口の周りに掘られた彫刻は見ごたえがあります。
内部のマストにも人の顔が掘られていたりして、各所の彫刻はスターヴ教会には欠かせないもののようです。




回廊と土台




左は回廊の様子です。どこもかしこも木で造られています。
右は土台のアップです。石を積み上げた上に木の土台を組むことで地面からの湿気を防ぎます。
800年もの前の建物が現存しているのはこの土台のおかげのようです。冒頭でも書きましたが、更に古いスターヴ教会はこの石の部分がなかったために腐食してしまったことがわかっているそうです。




ヘッダールの外観
ヘッダールの図面




ヘッダールスターヴ教会(Heddal stavkirke)はノルウェーで最も大きなスターヴ教会として知られています。それはオスロから西へ向かって120kmほどの国道沿いに建っています。
残念なことに私がここを訪れた時はとっくに観光シーズンを過ぎていたため、内部を見学することが出来ませんでした。しかし、その外観からもっとも大きい教会であることはわかりました。大きいというのでもっと派手な教会かと想像していたのですが、実際はひっそりと落ち着いていてそれほど大きくは感じられませんでした。
















修繕中の壁面と野外博物館








この教会は1250年ごろ聖母マリアに献身された建物です。
1315年当時の教会に関する資料が残されているそうです。
この教会が建っているテレマーク地方では、これは唯一残されているBタイプ様式の建物として価値があります。
全体が大きいですがその構成は今まで見てみた他の教会との共通点がたくさん発見できます。ボルグンとカウパンゲルを合わせたような構造になっています。
今回は見ることが出来なかったのですが、内壁の絵と祭壇は17世紀のものに1850年代に修復されたそうです。外観は実は1955年に造られた姿で改修と言うよりは改築に近く、少々手を加えすぎた感があるようです。
シーズンオフのため正面側は写真のように修復中でした。
写真右は敷地内に併設されている野外博物館の様子です。この地方は冬には雪が多く観光地はほとんど9月くらいで閉まってしまいます。11月初めのこの日、それでも何組かの家族連れがここを訪れていました。


















さて、かなり長いご紹介になりました。
最後に、参考までに今回の特集で載せたスターヴ教会の位置をマップ上に図示してみました。
緑色の字で示しているのは既に訪れているので、今後ご紹介する予定のある教会です。
尚、ノルウェー北部にはスターヴ教会は現存していないので地図も省いてあります。



スターブ教会マップ







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