白夜を求めて
北極圏の旅をしました
(後編)
それでは北極圏の旅の後編をご紹介致しましょう。
沿岸急行船は途中、何度も小さな町に停留しながらホニングスヴォーグ(Honningsvåg)に到着します。トロムソから約18時間の旅でした。
ホニングスヴォーグを拠点として北の岬、ノールカップ(Nordkapp)に行きました。もちろんミッドナイトサンが目的です。翌日は本当の最北端であるクニヴスシェロデン(Knivskjelodden)、そして世界最北の漁村スカースヴォーグ(Skarsvåg)にも寄りました。
その後は、バスで約4時間移動して(ノールカップより210km)石器時代の岩絵で有名なアルタ(Alta)へ。
アルタからバスで約7時間半かけて再びトロムソに行き(ノールカップより508km)、飛行機でオスロまで戻るという行程でした。
参考までに付け加えておきますが、アルタからもオスロへ飛行機が飛んでいるのですが、なぜ今回再びトロムソに戻ったかと言いますと、その方が安かったからです。不思議なものでノルウェーで飛行機のチケットを買うと(もちろん旅行代理店で格安チケットを購入)、片道チケットよりも往復チケットの方が安いという現象が起こるのです。そこでバス代や宿泊費を考慮してもトロムソまで戻って往復チケットを利用するほうが得だったのです。おかげでバス旅でラップランドの風景を楽しんだり、思わぬところでフェリーに乗ることになったり、再度訪れたトロムソでゆっくり街を歩いてみたり、プラスαの楽しみを得ることも出来ました。

ハンマーフェスト(Hammerfest)に降りたのは朝の6時半ごろです。
船の停留時間が1時間ちょっとあったので標高86mのサーレン山に登ってみました。「ジグザグの小路」という名のついた文字通りじぐざくの道を一気に上がるので息もあがりましたが・・・・・
ハンマーフェストは市政が敷かれている街としては世界最北端だそうです。北極圏の旅は何につけても「世界最北端」なので、わけがわからなくなってきそうです。
中心に停まっているのがハラール・ヤール号。
モダンな教会もありました。
街全体の雰囲気も世界最北端のわりには田舎っぽくないと感じました。
ノルウェーでは都会も地方も、それほど大きな生活スタイルの差がないのでしょうか。
小さな漁村ハヴォイサン(Havøysund)には30分ほどの停留です。
この辺りは完全に森林限界を超えているので、はげた山を背後にして1本の道路沿いに、一列に並んで家が建てられています。
それでも沿岸急行船が停まるので、ハンドメイドのセーターを家の庭先で売っていました。暖かそうなセーターが1枚150Nkr(1クローネ15円で2250円)の安さで売っていたのには驚きでした。
ハヴォイサンの人口はおよそ1500人。
沿岸急行船はこのような小さな漁村の生活にはなくてはならないもののようです。物資を運び、観光客を運び、人々の足ともなります。だから1年中、毎日運航されているのですよね。
ここまで来ると船からの風景もあまりに殺風景。
ノールカップも遠くはありません。
こんなところにも人が住んでいることが不思議に思えました。
ホニングスヴォーグにやってきました。
夕刻に小高い丘に登って街を一望していたら、乗ってきたハラール・ヤール号が次なる目的地へ向かって静かに発っていきました。

ホニングスヴォーグには19世紀に建てられた小さな木造の教会があります。
北部の地域によく聞かれる話なのですが、第2次世界大戦時、ロシア軍の利用を防ぐためにドイツ軍に街全体を焼かれ、教会だけは焼かれずに残されたものだそうです。
いよいよ北緯71度10分21秒のノールカップです。
ノールカップへはホニングスヴォーグからバスに乗って50分ほどかかります。
幸運なことに、雲があるのにもかかわらず見ることが出来ました。これがノールカップのミッドナイトサンです。
ただしこれが真夜中12時の写真だと証明しろと言われても困るのですが・・・・
ノールカップのモニュメントの周りに写っている驚くほどの数の人々の影で納得していただけるでしょうか。
ノールカップホール(Nordkapphallen)は1988年に出来た建物で観光目的以外の何物でもない施設です。ここに入るのになんと175Nkrもかかるのです。
しかも建物は地下にまで広がっていて、レストランからカフェテリア、バー、郵便局、土産店、シアターなどなど過剰過ぎるサービスが提供されています。
何十台と停められた大型観光バスと、太陽が見えなくなるほどの人ごみには少々あっけに取られてしまいました。ノルウェーにもこれほどの人が集まる所があったなんて!
ミッドナイトサンの神秘性とは裏腹に、北の果てらしくないイメージが脳裏に焼き付きました。
ノールカップで見られた風景です。
右下の写真の一番遠くにちらっと写っている岬が本当の最北端であるクニヴスシェロデン。
翌日、午前中にホニングスヴォーグを出発、クニヴスシェロデンへ向かいます。
ここへ行くにはノールカップ行きのバスを途中下車して後はひたすら歩くしかありません。
広大で木の1本すら生えてはいない大地を踏みしめ、石を積み上げた指標を頼りに目的の岬へ向かって歩きます。
ここは霧が発生すると視界がなくなってしまうので、突然の霧の発生にびくびくしながら歩きました。幸いにもなんとか天気が保たれ、野生の鹿を発見したり、湖のほとりで昼食をとったり、気持ちの良いトレッキングとなりました。

途中でノールカップを望むことが出来ます。
こちらはノールカップのような断崖絶壁ではなく、波が打ち寄せる浜になっています。
こんな北の果てでもたくさんの海鳥がいて、花々が咲いているのに生物の生命力の強さを感じました。
クニヴスシェロデンの北緯は71度11分8秒。
わずかにですが、ノールカップより北になります。
北の果てには1本の赤いポールが立てられていました。
目の前にせまるのは北極海。
さすがにここの風は冷たく、防寒着なしではいられません。
気温は摂氏8度でしたが、体感温度はぐっと下がります。
目で見る限り、赤いポールよりもさらに北側に位置しているのが次の写真です。
先端に海鳥が1羽止まっているのですがちょっとわかりませんね。
ここまで来るのにざっと片道2時間半です。

クニヴスシェロデンからバスを降りた道路まで戻ったのはいいのですが、バスは1日2便しかありません。
そこで道を下っていって、世界最北の漁村スカースヴォーグまで歩くことにしました。
その途中にあったのがサーメ人の経営するお土産やさんです。
そこには遊牧生活の必需品であるテントが張られて、トナカイも飼われていました。
トナカイはサーメ人の生活の源で、トナカイを放牧してその動きに合わせて遊牧生活を送るのが、昔ながらのサーメ人の暮らしです。現在でも北極圏には遊牧生活をしているサーメ人たちがたくさんいます。
ところで、トナカイというのは群れで生活をする習慣があるので、サーメ人は群れのボスをてなづけて群れ全体のコントロールをするそうです。したがって家畜とは言っても野生のように自由に放されているトナカイを、ここ北極圏ではたくさん見ることができます。

スカースヴォーグに到着しました。
ここで開いているレストランを発見して食事にありつけました。
写真が暗いですが、実際あまり明るくはありません。既に時間は夜の9時を回っています。
白く見えている建物はこの村の教会です。
港には漁船がたくさん浮かんでいます。
ここは世界最北端の漁村の港です。
スカースヴォーグの人口は160人程度だそうです。
誰もいない公園でトナカイたちが食事をしていました。
柵も何もないところでの出現にちょっと感動しました。
このトナカイたち、夏が終われば暖かさを求めて南へ移動するそうです。
海を渡る時は船に乗せる場合と、泳がせる場合とがあるとか。
ところで、この後にホニングスヴォーグへ帰るため、バス停のないところでバスを待ち、手を振って乗せてもらう方法を取りました。さすが1日2本しかないバスだけあって快く乗せてくれました。ホニングスヴォーグに戻ったのは真夜中の1時半頃です。この日、なんと合計30qも歩いたことになります。日が暮れないのがせめてもの救いでした・・・・。
アルタにやってきました。
ここは、街全体がどことなく殺風景で、夏なのに夏の雰囲気のまったく感じられないところでした。
人口は1万6000人いるというので、それなりに栄えた都市なのですが。
有名なのはこれからご紹介するユネスコ世界遺産に登録されている岩絵と、アルタ川で採れる大きくて良質な鮭です。
写真の教会は戦争時にドイツ軍に破壊されずに残った木造教会です。
アルタ博物館は街の南部にあります。なんでもこの博物館はノルウェーで初めて、ヨーロッパで博物館に与えられる最高の賞を受賞したとか。
博物館の建物内にも岩絵の説明や、サーメ人の生活などのさまざまな展示がされているのですが、なんといってもここは野外展示の岩絵を見なければなりません。
アルタフィヨルドの海岸線の岩場に残された6000年も前に描かれた岩絵がそのまま展示物になっていて、わかりやすいように赤く着色されています。
わかりやすいと言っても、絵の内容はさまざまで、トナカイや船、人々の生活の様子などが時にわかりやすく、時に意味不明ですが多数描かれているのです。中にはスキーを履いている人の絵があったのには驚きました。
とっても広い所なので時間をたっぷり取ってゆっくり見学したのが正解でした。ただ、野外は雨が降って非常に寒い思いをしましたが。
これらの岩絵は1973年に二人の少年によって発見されたそうですが、それまで誰も気がつかなかったのは不思議です。
誰も、これほど寒い北の地に大昔の人々が住んでいたとは思いもよらなかったということでしょうか。

全体的に動物の絵が多く登場していて、大昔の人々にとって家畜や狩がとても大切なものであったことがうかがえます。
岩絵には信仰や呪術の意味があったと言うのですが、大昔の人々はいったい何を思って堅い岩を削っていたのでしょうか。
少々わかりづらいですが、右下の絵には9人の人々が前進している様子が描かれています。二人の大人に連れられている一人のこどもの姿が確認できるのですが、このように岩絵の中にこどもが登場するのは大変珍しいことのようです。
旅の最後の写真はアルタからトロムソに向かうバスの旅の途中で撮影したものです。
飛行機では見られない風景がたくさん楽しめました。

以上で北極圏の旅は終わりです。お疲れさまでした。
もっと詳しく調べたい方はこちらのリンクにどうぞ。
北の地域の案内が載っているサイトです。
Nordland Reiseliv as
http://www.nordlandreiseliv.no